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2009年6月 1日 (月)

『ドリームボックス』

この本、『ドリームボックス』(小林照幸著・毎日新聞社)は、2006年の刊行で、なぜ今になって手に取ったかというと、『「子猫殺し」を語る』(板東眞砂子著・双風舎)の中で触れられていたから。

うちでは日経新聞をとっているので、板東氏の一連のコラムはリアルタイムで読んでいたんです。あの魔女裁判にも似たバッシングの渦中にいた著者への好奇心から『「子猫殺し」を語る』を読んでみたところ。

小林氏と板東氏の対談が予想外に面白く、『ドリームボックス』も読んでみようと思った次第。

タイトルのドリームボックスというのは、捨てられた犬や猫の殺処分装置のこと。鉄製の箱の中に犬猫を閉じこめ、炭酸ガスを充満させて殺す、という……。

そうやって、処分されていく捨て犬・捨て猫は年間40万匹にものぼるんだとか。その「処分」を行うのが、各県に設置された「動物愛護センター」の職員さんたち。『ドリームボックス』は、彼らの日々の職務をフィクションとして描いたもの。

確かに、この現場を取材した著者が「他人に殺させるなら自分で殺せ」と憤るのも無理からぬ話。だって、40万匹ですよ? 1匹あたり1人の飼い主がいたとして(実際には家族数人で1匹を飼っていたり、複数を1人で飼っていたりするし、悪質なペットショップに廃棄された分もあるわけだけど、まあ、大雑把に見積もって)、「自分は手を汚したくないから、代わりに殺してね」っていう無責任な人間が全国に40万人もいるってことで。

その40万人の中には、ひょっとしたら、例の「子猫殺し」事件の際にブログとかで板東氏を罵倒した人もいるんだろうか。いやいや、「子猫かわいそう」って板東氏を攻撃したんだから、そういう人々は間違っても自分のペットを殺処分にしたりしないよね(しないと信じたい)。

作中で、「昔、犬猫に家族の残り物を食べさせていたころは、こんなこと(おもちゃ感覚で簡単に犬猫を捨てる、ということ)はなかった。同じものを食べていることで、家族の一員みたいな感覚があった。ペットフードが普及し始めたころから状況が変わった」といった内容の台詞があるんですが、なるほどと思いました。

もっとも、ペットフードが普及して、犬や猫が長生きになったことで、「飼い続ける」ことができなくなる飼い主も増えたのかもしれないけど。飼い主自身が高齢化しちゃって世話できなくなったとか。

でも、だとしても、「自分の手を汚さず、他人に殺させる」という行為が許されるとは思えません。ホント、作中の動物愛護センター職員の台詞じゃないですけど、「殺すなら自分で殺して、自分の家の庭に埋めてやれ」と思います。それができないなら、最初から生き物を飼うべきじゃない。

私の母は「生き物は死ぬからイヤだ」という理由で、犬猫はもちろん、小鳥やハムスターも飼わせてはくれませんでした。子供だった私は、「生き物が死ぬのは当たり前じゃん。なんつー無茶苦茶な理由だ」と憤ったものですが、今ではあれもひとつの良識だったのかもしれないと思うようになりました。

……とまあ、いろいろ考えさせられた『ドリームボックス』。ペットショップに必ず1冊常備して欲しいものであります(まー、商売にならんだろうけどさ)。

[本日の食卓の話題]
東方シリーズが宗教である件について(ホントかよ?)。

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